2022年11月7日月曜日

台風15号がもたらしたこと〜これからの社会を考える。

 2022年9月23日の未明から24日の朝にかけて、静岡県にもたらした台風15号による、水害はとても大きく、土砂災害、河川の氾濫による床上浸水など、公共の道路が壊れただけではなく、人が住む住宅にも大きな被害がありました。

メディアでは、清水区における断水問題が主にとりあげられましたが、全国規模のニュースのレベルにおいては死者が少なかったこともあり、あまり報道されませんでした。

また、私たちが住む静岡市においても、12時間の停電程度で済んだ地域と水害による床上浸水等被害を受けた地域においては、災害に対する感覚、温度差があり、すぐに日常を回復できた地域では次の日から普通に暮らすことができていた地域がある一方で、水害による使えなくなった家財の片付け、畳の廃棄、泥の掻きだしなど、一ヶ月以上経った現在においても日常を回復できていない方々がとても多いという現状です。

私が建築士であるということもあり、住宅が水害を受けた際にどのように対処すべきかについての資料がメールにて送られてきたので、途方にくれている方もいらっしゃるのではないかと思い、instagramにて対処法についてご協力できる旨をお伝えしたところ、相談があり、床上浸水があった地区に、新建築家技術者集団静岡支部のメンバーとともに訪れました。

今回は、個別具体的な案件でどのように対応できたかということではなく、この台風15号によって私が感じた地域のあり方や人々の関係性などについて記してみようと思います。

【高齢者世帯や高齢者の独居】

私が訪れた地域では、高度成長期に宅地開発された所謂、ニュータウンでした。多摩ニュータウンなどでも言われているとおり住民の高齢化が進んでいて、且つ市街化調整区域という都市化を抑制している地域であるため、なおさらです。

避難するタイミングの判断が難しかったこと。今まで、携帯に災害避難警報が入っても何もなかったのですが今回は違った。私が訪れた家は、たまたま娘さんが帰省されていて、なんとか近くの公共施設に逃げられたという状況でしたが、平屋建ての家では、キッチンカウンターにのぼって一晩を過ごしたかたもいらした。今回は、床上30cm〜50cm程度だったので生命にかかわるとまでではなかったが、さらに増水していただどうだろうか?

 また、被災後の罹災証明の取り方など行政サービスへのアクセスについても、インターネットで情報を得るということが主流となっている現在、高齢者にとっては情報を得られないという状況が多かったと思います。2週間経っても、罹災証明を出していないという高齢者世帯の方と会うこともありました。地域社会、自治会が機能している地域では、自治会長さんや組長さんが一戸一戸を訪問してサポートしていましたが、機能していない地域では、ほぼ放置状態といった状況でした。

高齢者世帯については、サポートをするシステムづくりが必要であると痛切に感じました。

【地域社会のありかた】 

上にも書きましたが、今回の災害では、地域社会、自治会、町内会が機能している地域といない地域では、住民のケアをする体制に大きな差がでてきたということです。

行政主導でなんでも相談会が開催されていますが、床上浸水で自動車も壊れてしまった地域の高齢者が、市街地にある役所に訪れることはなかなか困難な状況です。

また、自治体で罹災証明のとり方や住宅の応急修理の申請方法などの大切な情報を回覧板で各住戸に回したとしても、説明なしでは読み取ることが困難だったと想像します。

そのような状況下で、地域社会、自治会が機能している地域では、 私たちのような建築士を呼んでそこに自治会長さんが立ち会ったり、どんな情報を流せばよいかと熱心に聞いたりしてくださる方の地域では、地域住民を集めて、住宅相談会を集会場で開いたりしたという話しを聞きました。

一方、機能していない地域では、消毒剤を各住戸分を配布してもらうために自治会長さんに渡したとは聞くものの、配布されていない、挙句には先ほどの罹災証明って何?という高齢者世帯がでてきてしまうということになってしまっているのではないかと想像します。

高齢化が進み、高齢者世帯、独居が進む現代、自助だけでは、とてもではないがやっていけないということを今回の災害で、明らかになったのではないと思います。共助がこれから人々の暮らしを支えるポイントになってくるのではないかと思いました。

公助は、もちろんとても必要なことですが、現在にいたる自公の政府には、そのような気はなさそうです。

 

【災害時、災害後の援助活動について】

ある自治会長さんが言っていたのは、9月23日〜24日の台風通過で、川が氾濫し、まず一番はやく駆けつけてくれたのは、ピースボートさんだったいうことでした。若い人たちが土嚢を積んでくれるのでとても助かったと。

現在も、社会福祉協議会さんがまとめ役となり、様々な県の社会福祉協議会の方やNPOさんが活動してくれています。

特に注目しているのが、技術系NPO「コミサポひろしま」さん。彼らの活動は、水害を受けた家屋の床板を外し、泥を掻き出し、浸水した部分の壁を切り、湿気を帯びた断熱材を切り出し、消毒し乾燥させ、家を今後も健全に保つための応急処置をしてくれています。11月7日の現在もレポートがあがってきます。

社会福祉協議会さんをはじめ、全国の色々な方々の活動のお陰で復旧がなされつつあるという現状をまずは知っていただきたいと思います。

今後、地球温暖化にともない、例外とされてきた災害の常態化も予測されます。円安物価高で市民生活は厳しくなり、さらなる大災害がやってきた時にはどのようなことになるのか、想像するだけでゾッとしますが、そうならない為にこれからの市民社会、地域社会、国のあり方をどのようにしていったら、市民が幸せに暮らせることができるのか、そちらのベクトルで想像し、創造してゆかなくてはならないと考えています。

床上浸水の状況
(↑床上35cmあたりまで水がきた痕跡が残っています。)
コミサポひろしまさんのお手本のような処置
(↑コミサポひろしまさんによるお手本のような床下の処置)


 


 

 



 

2022年9月25日日曜日

地域に住まうことについて

◯はじめに

私、本間は、静岡市の羽鳥にて生まれ育ちました。 しかしながら、幼稚園、小学校、中学校と市街地にある学校に通っていたので、地域の行事であるとか、地域活動というものとは縁遠かったと思います。 昭和の頃は、町内で盆踊りなどがありましたが、現在ではみかけることもなくなりました。 そのような少年時代でも、風の強い日に、家の東側に壁のように在る千代山の木々がいっせいに大きく揺れ、それとともに葉擦れの音がなる光景がいわば 原風景のように刻まれた感覚をもちつづけていました。
(↑『羽鳥の家』からみた千代山)

◯建穂寺が建穂・服織地区のはじまり?

『羽鳥の家』を設計したのが2004〜2005年にかけてです。その頃は、横浜に住んでいて 静岡は帰省するための故郷であると思っていました。 2000年ころだったか、今はなき幻のお寺と言われている建穂寺の観音堂跡からみた風景をみて建穂、羽鳥地区の成り立ちのはじまりをみたような衝撃を受けました。 この場所の力、エネルギー(いまでいうところのパワースポット的な)を感じました。
(↑建穂寺観音堂跡地から木枯の森をみる)

『羽鳥の家』は、この南北を基軸としたヴィスタをよみとり建築空間に反映させることとしました。 建穂寺は、白鳳時代に建立されたと言われ、その頃、渡来人である秦氏が服織地区に入植したとのことなので、この地域もまた千年単位で生きられた地域であると言えるのでは ないかと思っています。千年村プロジェクトというものがありますが、この地域もひょっとしたら、千年村というにふさわしいかもしれませんね。(しっかりと調査しないとですが…)

◯先行デザインを受継いでいる建穂・服織地区、或いは歴史の現在
(上:瑞祥山建穂寺之図 下:現在のマップ) 

かつての建穂寺境内の図があります。そして、その当時の建物の配置(伽藍)も観音堂跡から木枯の森を貫く軸線に沿って、配置されていることがわかると思います。 そして現在。かつての寺院の配置が基盤となって、延長するかのように建穂・服織地区の町割が構成されていることがわかります。この場所の地勢が観音堂〜木枯の森軸が現在にも生きられているのです。 もちろん、駿府城があり、城下町としての呉服町が構成されていて現在に至る例はありますが、白鳳時代、いわゆる歴史区分でいえば古代に属する古の時代からの名残がこの地域にあるということは、この場所で生きる人たちの精神的な拠り所のひとつになり得るのではないかと思っています。 今回は、このあたりで。

2022年8月14日日曜日

『生きられた家』

『生きられた家』多木浩二著 初版 1976年 

田畑書店 多木さんは私が学生の頃は、すでに建築の批評を活発にされていたように思います。 そのような90年代を過ごしていたのですが、建築論ではないとご本人が言っていたにもかかわらず建築界に影響をあたえていた 『生きられた家』という本は、すでに絶版で手に入らない、現在のようにネットが普及していない時代だったので、入手困難な 本になっていました。 

その後、青土社から改定された『生きられた家』が出版され、はじめて手にとったのがいつだったか。。 さらに岩波現代文庫からもさらなる改定版が出版されました。

 版を重ねる度に、手を加えたり削ったりしながら『生きられた家』という本自体が増改築をくりかえし、まさに「人が生きる家」の ようにメンテナンスされつづけたのですが、2011年、東日本大震災の年の4月にお亡くなりになり、残された『生きられた家』のテクスト は、引き継がれ2019年に再び青土社から『新版 生きられた家』が刊行されています。

 

 私は、このテクストの副題にある「経験と象徴」という言葉についても色々と思いをめぐらせました。 

 「家にはまたわれわれを超えた力が作用している。ひとつは家の象徴性だ。それはわれわれをいきなり太古や生命の根源に結びつけようとする。しかしもう一方で、家は人間の社会性そのもののなかに成立してきたものである。われわれが自覚していようといまいと、われわれを拘束する宇宙にもなる…」初版P12

「もしも家がなかったらば、人間は錯乱した存在となるだろう。天の雷雨にも、生の雷雨にもめげず、家は人間をささえまもる。家は肉体とたましい なのである。」初版P19 

 

象徴とは、私の解釈では、今現在という体験だけではなく、人が大昔から感じているような時を超えたもの、そのもとで人が想像をはせることができ、人と人とを緩やかに繋ぐようなものなのだと考えています。

経験については、ヴァルター・ベンヤミンが『経験と貧困』というテクストを残しているのですが、家とはそのような経験を紡いでいく、継承していく器であったものが、近代になり家のありようも変わりわたしたちは、親、祖父母世代からの経験を受け継ぐという契機もなくしている時代に生きているのではないでしょうか。経験の枯渇は、現在しか視ることができず、現在はまた過去の蓄積の上になりたっていること(歴史の現在)にたいする認識をなくしてしまうのではないかと思います。


とはいえ、時代は移ろっていきます。時代の要請とともに変化するべきことも多々あるでしょう。特に地球温暖化による脱炭素社会を目指すということは喫緊の課題でもあります。断熱性能を上げる、エネルギーのかからない家をつくることは時代の要請です。

 

そのなかにあって、人がいきいきと生きられる(生きられる世界とは、現象学の用語でもあるわけですが) 家を創ることがわたしたち設計者に対して問われていることなのではないかと思うのです。

2021年2月1日月曜日

Villa Malaparteについて

 私が建築の学生だった頃、大学の授業にでては、空いている時間で映画を観にいくというような生活をしていて、建築と映画の関係性について興味を抱くようになりました。

1990年代はじめは、いわゆるミニシアターが都内にあって、暇さえあれば足を運んでいました。特にフランス映画、ヌーヴェル・ヴァーグの監督が好きでした。とりわけ、ジャン=リュック・ゴダールの映画は、レイトショーでみてました。

建築と映画という観点でみると、ゴダールの比較的初期の作品『軽蔑』は、とても建築的だと言ってよいでしょう。ミッシェル・ピコリとブリジッド・バルドーのふたりの演技も素敵です。


前半の舞台は、ローマ。最初のシーンは、映画の工場とも言われたチネチッタが登場してきます。フリッツ・ラングというドイツの映画監督(『メトロポリス』という近未来映画を撮った監督ですが、その未来像は、現在もひとつのモデルとして有効です)も登場します。

アパートといっても日本ではマンションと言ったほうがよいのかもしれませんね。その住いでは室と室に行き来するシーンが多く、カメラの視線は壁と壁の縦ラインが強調されます。

 そして後半、舞台はローマからイタリアの南にあるカプリ島にうつります。そこで登場するのが、クルッツォ・マラパルテが自らも建築に携わったといわれている『マラパルテ邸』が登場します。前半のローマとはうってかわり、カメラの視線は水平が強調されることになります。このマラパルテ邸は、まさにゴダールが発見したと言われており、当初、イタリア合理主義の建築家、アダルベルト・リベラが設計したということですが、リベラの設計案は叩き台にすぎず、マラパルテが主導し地元の大工のアドルフォ・アミトラーノと協働でつくられたと言われています。


マラパルテ邸は、マラパルテ自身が「Casa come me(私のような家)」と語ったように、流刑にあった際の牢屋のイメージのような個室があったりします。また、マラパルテのいきざま、ファシストとの親交から断絶、コミュニズム、など思想的な振れ幅を考えると、まさに超現実的(シュールレアリズム的)な感覚が、この建築に鏤められているように感じます。

 下の映像は、サンローランの2018年の春のキャンペーンにて、かつてスーパーモデルとして世間に知られたケイト・モスがマラパルテ邸を舞台に撮られています。昨今のジェンダー問題にも通じる映像は、まさにマラパルテらしいような気がしてなりません。そして、どこか、時代に左右されない価値がこの住宅に宿っているのではないかと思うのです。 

先日、マラパルテが記した『クーデターの技術』という邦訳の本を購入しました。ミャンマーで軍部がクーデターを起こしたというニュースが流れていますが、彼の思想に触れて何を感じるのか楽しみです。そこから、この住宅のヒントがあるのでしょうか。

 

結びに、ゴダールの『軽蔑』では、奇しくもフリッツ・ラングがホメロスの『オデッセイア』の映画をこのマラパルテ邸の屋上で撮るという設定です。故郷のイタケーになかなかたどり着かない、 オデッセウス。「ノスタルジー」に支配されたこの物語と故郷喪失の現代人との共通項もまた繋がっているのかもしれませんね。

今は、この『ノスタルジー』の本を読み終えようと思っています。

(スマホでこのBlogを読むとYouTubeの映像が表示されませんでしたので、二箇所、リンクを貼りましたのでご確認ください。)

 

2020年9月26日土曜日

野掛け 椿茶屋 へ

         

 

先日、静岡の藤枝市は朝比奈川の支流近くにある「野掛け椿茶屋」に久しぶりに行きました。川の堤近くのピクニックスタイルのカフェだけあって、吹く風の心地よいこと!


すこし干してからラタトゥイユにするそうです!美味しくないはずがない。


9月半ばとはいえ、暑かったので、梅ミルクのかき氷をご馳走になりました。これが絶品!オーナーご夫婦のお人柄と里山の自然に包まれていると、ほんとうに豊かなこととはこういうことだ…と心身に染み入ります。これからコスモスの季節が始まるそうですよ。営業時間をおたしかめのうえ、みなさまもぜひ行ってみてくださいね〜!           
(み)


2018年11月29日木曜日

家びらきライブ VOL.1

10月28日(日)の昼下がり、谷川賢作さんのピアノと宮野裕司さんのサックスが羽鳥の住宅街に響き渡りました。会場はわたしたちの住居兼事務所の本間義章建築設計事務所。当日は、雲ひとつない晴天のもと、友人たち、ご近所さんを中心に、大人26名、子ども12名が集まってくれました。ありがとうございました。予想を上回る子どもの数に、少々驚いた様子の賢作さんでしたが、そこはさすがのご対応。皆が楽しめる曲目とお話で会場を巻き込んでいかれました。子どもたちも一流の音楽家の音色にぐっと引き込まれ、なかには聴きながらお昼寝タイムに入るお子さまも笑!贅沢な、ゆたかな時間が流れました。






4年前に静岡の羽鳥の家に戻ってから、ずっとやりたいと思っていた家びらき。こんなに贅沢なライブができたのは、静岡市出身の山本起也監督とのご縁があったから。山本監督作品のツヒノスミカ(2006年)は「ばあちゃんの家の終焉を愛おしむように見つめた、ひと夏の小さなレクイエム」的作品なのですが、その「ばあちゃんの家」が偶然にもご近所の羽鳥であったということから、いつかここで上映会を開きたいと監督に申し出ていたことをなんと監督が覚えていてくださり、今回の企画に至ったのでした。今回は上映会ではなく、ライブとなりましたが、近いうちに上映会企画もしますので、そのときはぜひ皆さんいらしてくださいね。
そうそう、その山本監督とのご縁をくださったのは、静岡大学 アートマネジメント人材育成のためのワークショップ100です。素晴らしい取り組み。いただいたものを少しずつでも地域にかえしてゆきます。


映像はそのツヒノスミカの一部。この美しい曲が家に響いたとき、家が喜んでいるような気がしました。

2018年6月6日水曜日

1年!!!

みなさん、こんにちは。
お久しぶりです。いや、お久しぶりすぎる…。
前回のブログアップから気づけば1年経っていましたよ…。
恐ろしい…。

洞慶院さんの東司(とうす=お手洗い)が完成しました。

みんなに手伝ってもらって、外壁塗ったり、内壁塗ったり。

みなさまのご協力により、晴れて完成。




ここなら住める、こんな小屋がほしい、と嬉しいお声もいただき笑。
トイレの神様 烏蒭沙摩明王が祀られているお寺にふさわしい快適なトイレが完成したと自負しております。みなさま、静岡にお越しの際はぜひお立ち寄りください。

http://www.tokeiin.jp/

2017年6月7日水曜日

祝1周年♡


本日、梅雨入りしましたね。
この季節、グラス片手に(雨の入りこまない)ウッドデッキで
愛しのオリーブ眺めながらお酒♪
最高です。

しかも、お酒は一年前に自分で仕込んだ梅酒!
ふと思い立ったら、ちょうど一年でした。
なんというか、先人の知恵を尊敬した一夜でした。
こんなに美味しくなるのですね〜。

4畳半の広さのウッドデッキ、私は重宝しております。
ウッドデッキの活用、またレポートいたします♪ (み)




2017年6月1日木曜日

ソトコト編集長に会った

こんばんは。
昨夜は、ソトコト編集長のトークイベントに参加しました。
久しぶりの夜の外出〜。

ソトコト編集長から見た静岡市。どんなふうに見えているか知りたい!と思って参加しました。まあ、そんなに簡単に「静岡市はコレですよ」という安直な答えはありませんでした。あたりまえか笑。編集長はずっと静岡市で観察しているわけではなく、ちょっと降り立ち、感じたことをお話し、過去のもしくは現在進行形のご自身の成功事例を語る、みたいな感じなわけですよね。(それはそうか。)もっと静岡と連携したかったら依頼して、という感じでしょうか。以前の職場で、コンサルタントの先生をお呼びして、その日がくれば何か解決方法が見つかるのでは!とワクワクしてその日を迎え、終えたものの、残ったのは解決されない課題であった…。自分たちで解決する以外に道はなかったのだ、的な。あぁ、まさにそんな感じでした。いやぁ、これは私の依存体質によるものですね。

その地域のよさは、その土地に住む人しかわからない。
その土地のよさを、その地に住む人が見つけ、それを内向きに発信する。
ここはこんなにいい場所だから、皆で大切に住み続けていこうと言い続けよう、と。
昨夜の学びは、①誰に伝えるべきかを間違えてはいけない、②何を伝えるべきかを間違えてはいけない(陳腐なものはアウト)、③静岡市は大きいかもしれないけど、「七間町」とか小さく考えればよいのでは、の3つ。個人的には3の気づきが大きかったかもしれない。

家康は100年後の人々も快適に過ごせる街、というのを目指して静岡のまちづくりをしたそうです。わたしたちもそうありたい。それに役立つ家をつくりたい、と思います。1件の小さなお店から街が変わることも多々あるようです。(み)

2017年5月29日月曜日

共振


本日のテーマは「共振」。
写真はまさにオリーブと共振している人、です笑。
隠し撮りで窓越しに写したため、色々写り込んでいて残念な写真になっていますが。
この共振のおかげで、我が家のオリーブたちは元気です。

さて。
先ほど、写真家 岩合光昭氏のNHKプロフェッショナルを観ました。
家にはペットもおらず(いるといえば、義父が餌をあげているキジバトぐらい…)、猫が好き、というわけではないのに、岩合さんが撮るものにはなぜか惹かれる。

惹かれる理由がわかりました。
岩合さんは、自然を、そして最も近くに住む野生動物としての猫を、尊敬しているのですね。猫は平和な場所にしかいかないそうです。平和な場所には平和な風が吹いていて、猫は平和な場所にしかいない。家族が喧嘩をしているとその場を離れる。なるほど。
岩合さんは、なぜ自分が動物写真を撮っているのか考え、「猫をとおして平和をみたい」のだ、と結論づけていました。

わたしも「家をとおして平和をみたい」。
媒体は違えども、同じ気持ちがあるから共振するのだ、と感じました。
これをいつか読んでくださるあなたとも共振できると嬉しいです。(み)

2017年5月26日金曜日

家の神


こんばんは。
今日は「家の神」(文=鶴見俊輔、写真=安達 浩/淡交社)を読みました。

この本は1972年に刊行された本を再編集し、1999年に発売されたもの。戦前は、家は代々住み継ぐもので、家の中心の大黒柱は毎日磨き、家のあちらこちらに神さまの存在を感じるものだったそうです。「家をたましいのないモノ、使いすてできる品物として見る現代人の考え方をこえる知恵がこもっていた」とは著者の弁。でも、決して懐古主義ではなく、ある家、または家庭で起きた事実を反芻しながら、現代の家や家庭のあり方を考えるヒントを与えてくれます。人間の形成には時代背景や家族(もしくは血の繋がり関係なく、共に暮らす人)の有り様が最も大事、と。時代がおしつける「これが理想の家族」という家族像ではなく、人間同士の思いやり、みたいなものが大切なのだ、と読み取りました。住む人の心が一番大事。でも、その人間を入れる器としての家は、住む人の心や住人同士の関係性を生み出す一因になります。風雨を凌ぐ以上の役割が、住まいにはあると思うのですよね。

それにしても、ペーター・キュルテンという人の人生の話は強烈でした。
強烈すぎてここでは書けませんので笑、ご興味ある方はこの本を是非読んでみてください。http://amzn.asia/6SUgQUs

著者の故・鶴見俊輔氏は「家の会」というサークルを開いていたそうで、この本もその活動から生まれたそうです。私も「家の会」を開いて、皆さんと「家」について語りたい、と思う夜です。(み)

2017年5月24日水曜日

面壁九年

こんばんは。
今日は、我が家のウッドデッキの夜景写真(おおげさ!)です。

この奥に見える光は、家のすぐ裏にある中学校の武道場の明かり。
これを書いている今も「やーっ」とか「とーっ」とか鍛錬に勤しむ声が聞こえてきて、よいエネルギーをいただける気がします。

さて。
今日はずっと欲しいと思っていた四字熟語辞典を買いました。
鎌倉にいらっしゃる人生の師匠が、必ず手元にひとつ置いておきなさい、とおっしゃっていたので。ここでも少しずつ書き留めていこうと思います。

その時の気持ちにあった言葉やお伝えしたい言葉を書きとどめる予定でしたが、全部読むのは気が遠くなりそう(!)だったので、とりあえず、ぱっ!と開いて目にとまった言葉にしよう、と思いたち、今日はこの言葉「面壁九年(めんぺきくねん)」。この四字熟語は、「長い間一つのことに辛抱強く取り組むことのたとえ」で、「中国南北朝の梁の時代、禅宗の始祖とされる達磨大師がインドから中国に渡って以後、嵩山(すうざん)(洛陽の東方にある山)の少林寺に籠もって九年間も壁に向かって座禅を組み続け、悟りを開いた」という故事からだそうで。座禅九年!すごいですねぇ。なんだか勇気をもらいます。

深呼吸、深呼吸。
呼吸をととのえて、明日からまた一歩ずつ進んでいきたいと思います。
それにしても、Facebookとはまったく違う気持ちでのびのび文章を書いていることに自分でも驚いています。どれだけ「いいね!」を期待して書いているのか笑。その話はまた。(み)

(出典:用例でわかる 四字熟語辞典 第二版 学研辞典編集部編)

2017年5月23日火曜日

オリーブ満開!


こんにちは。
先日のアップから早くもすっかり間があきました。
SNSもブログもマメにできる人って本当にすごいですね。

さて、気を取り直して。
我が家の2Fウッドデッキにはオリーブの鉢がふたつ、あります。
静岡に引っ越してきた時、お隣の窓からおそらく物置になっているお部屋が見えるのがなんとなく申し訳なく(見られたくないでしょうし、私も見たくないので笑)、なにか目隠しのために植物を置こう!と思い立った私に、偶然問い合わせた花屋さんが教えてくれたのがオリーブでした。結局その花屋さんにはちょうどよいオリーブがなく、グーグル検索の結果、あるオリーブ専門店にたどりつき、そのオリーブ愛に溢れた店主から素敵なオリーブを買うこととあいなりました。(http://olivejapan.net/)店主、今不在らしいです。きっとオリーブの旅に出ているんでしょうね〜。とにかくこの人と会うと、自分に正直に、ただ自分の愛するものを(有償で笑)分け与えている、そんな本来あるべき姿を学ぶのです。この店主のブログ、頑張っている自分をちょっとゆるめたいわ〜という方にも大変おすすめです。この人の売る(いや、分け与える)オリーブはすくすく育ちます。すくすくすぎるくらい笑。今日、すくすくしすぎてカオスになった枝をだいぶ切りました笑。

色々思うことのある政局、世界情勢ですが、オリーブの花言葉「平和と知恵」を忘れずに日々を過ごしたいと思います。(み)
(花言葉出典:http://www.d-laboweb.jp/event/report/16090401.html←オリーブ店主、写っています♪)

2017年5月18日木曜日

はじめまして


はじめまして。ほんまみちこです。
このブログ、お知らせしなければほとんどの方が読まない…ですよね。
ものすごく、いや、ほんのすこしでも興味を持ってくださった方に読んでいただいているのですよね。ありがとうございます。

今日は、洞慶院に行ってきました。雨にあらわれた木々がみずみずしく、とても気持ち良い午後でした。少し前の静岡新聞で、日本画家の森谷明子さんが、日本には「緑系の色だけでも100種は軽く超える名称がある」と書いていらっしゃいましたが、まさにそれを実感するみどり、みどり、みどり!

さて、私が会社員をやめて、1年と少し。
仕事をやめた経験のある方で「1年ぶらぶらしていました」とおっしゃる方が多いような印象(あくまでも印象)ですが、気持ちがわかるような気がします。1年たつと、無性になにかしたくなります。

ブログもそのひとつ。
今日、いつかこれを読んでくださるあなたに紹介せずにはいられない連載を見つけ、ブログはじめよう!と重い腰をあげました。
それは…「連載 村井理子 村井さんちの生活」。
http://kangaeruhito.jp/articles/-/1668
新潮社のメールマガジン「考える人」に掲載されている人気記事だそうなので、ご存知の方もいらっしゃるでしょうか。

いつも斜め読みでスルーしてしまうこのメールマガジンを開いたのも何かのご縁。
村井さんの記事にたどり着いた私は釘付けでした。
お、おもしろすぎる…。
家族のみなさまもかなりのキャラクターの持ち主ですが、それは翻訳家である村井さんの表現力のなせる技なのでしょう。とにかく、気づいたら、泣いて、笑って、心がほぐれました。日記を読んで思わず吹き出したのは、さくらももこのエッセイ以来かも…。って、ふ、ふるい!?伝わるでしょうか。

いきなり第一回目が建築と関係ない話題で恐縮です。
こんな感じで、共有したいことを、本間とは違う観点から、私らしくゆるゆるとブログに綴っていきたいと思います。 どうぞよろしくお願いします。(み)

2017年5月10日水曜日

引き続き

引き続き、このBlogはHPとリンクをはり、できれば日々の事柄や雑感を記してゆきたいなぁと思っています。
4月にHPをWordpressにて作成しリニューアルしてみました。
WEBは本業ではないのでアレですが、それなりにみていただけたらと思います。
Wordpressの投稿は、どちらかというとニュース的な扱いにしようかと思っているので、別に、日々思うことなどを書いてゆけたらと思った次第です。

ということで、YHAは、本間とパートナーの美智子と二人三脚でしばらくは運営してゆきます。従ってこのBlogにもふたりが書くということになるかと思います。

今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします!

2016年8月19日金曜日

二世帯住宅についてのプチ勉強会のお誘い

FBにても告知を行いましたが、2016年9月22日に二世帯住宅についての勉強会を開催します。
ひとつとしては、私たちが横浜から静岡に拠点を移し、二世帯で住んでいる「羽鳥の家」の現状報告、見学会でもあります。
これからの社会を考えた時に、少子高齢化がすすむなかで、経済が上向きであり続けることは困難であり、核家族のための家は限界にきているように感じています。
それならば、住み継がれる家を建てたらいかがでしょうか?と提案したいと思っています。コストメリットも大きな家の方がありますし、なにより電気、水道の経費もまとまって住めばメリットがあります。
井内由佳先生がいうところの「子供がいない人はいるけど、親がいない人はいない。人は親の面倒をみるために生まれてきた」という言葉も響いていまして、このような企画を開催したいと思いました。
どうぞよろしくお願い致します。

2016年1月5日火曜日


 旧年中は、大変お世話になりました。昨年は拠点を、お世話になった横浜市から故郷の静岡市に移しました。
 市街地郊外に位置する住宅地で、山々の自然が臨める場所です。お近くにいらした際には、是非お立ち寄り下さい。
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。                    

2015年12月15日火曜日

静岡市に拠点を移してから、8ヶ月が経とうとしている12月半ば。

今日は、雨降りの天気予報でしたが、スッキリは晴れないものの陽射しもあり暖かい気がします。
静岡は、やはり横浜あたりに比べたらあたたかく、事務所のある2階の半屋外テラスでヨガをすると汗ばむくらいです。
いよいよ省エネルギー住宅が2020年に義務化されるので、11月は省エネ住宅の設計、施工の講習を受けてきまして断熱材やサッシの選択など勉強をしてきましたが、この半外部空間を積極的に住空間の「居場所」として設計することは、静岡で設計する住宅の魅力になると改めて思いました。


2015年9月24日木曜日

【掲載】静岡新聞アステン『羽鳥の家』 homify.jp『浜竹の家』

・静岡新聞の月一女性タブロイド紙『アステン』の特集「美しく、守る家」にて『羽鳥の家』をとりあげていただきました。

・homifyの日本版及び韓国版にて『浜竹の家』ととりあげていただきました。

その他 homifyさんにおきましては
「収納力のある頼もしいクローゼット」にて『浜竹の家』の寝室
「フロアを緩やかに繋げる。階段のアイディア」にて『羽鳥の家』の階段
をとりあげていただきました。

どうもありがとうございました。

SWも終わり。。

こんにちは。
静岡に引っ越してきてから、はや5ヶ月が経過しました。

神奈川では、「本間義章建築設計事務所」でもOKでしたが、静岡では、◯◯建築士事務所をいれてくださいとのことでしたので、「一級建築士事務所 本間義章建築設計事務所」という名称で事務所登録を済ませました。
FBページでもご報告しましたが、6月まではお墓の設計をしておりました。

ちなみに、静岡に帰ってきてからは、お墓のデザインに取り組んでおりました。明るいグレーの石を使うこと、普通のお墓同様に、竿のようなお墓が良いという条件のもとデザインを行いました。鈴木石材さんに具体的な設計および施工を行っていただきました。...
Posted by 本間義章建築設計事務所 on 2015年7月22日

季節は、もう秋ですね。
「羽鳥の家」は、昨年までは単なる庭でしたが、庭が母の幼少時代の記憶の象徴としての庭になりました。

柿!

柚!


とまぁ、こんな感じで母が植えた実のなる木(他にも、レモン、夏みかんなど)の実がなりはじめています。
横浜での生活では、あまり感じられなかった季節感を感じながら日常を生きております。

この季節感を大切にすること、半外部空間が静岡で家を設計する際には、大切なファクターになるような気がしています。

今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。