2010年5月11日火曜日

バオバブの記憶〜そこに暮らしがあるということ

先日、5月3日に鎌倉の平和推進実行委員会が主催した憲法記念日のつどい「バオバブの記憶」という本橋監督の作品を観に行ってきました。
千年生き続ける、バオバブの樹によりそいながら、樹を敬いながら生活するセネガルのトゥーバトゥール村の人たちのドキュメンタリー映画です。
近年では、中国資本が入り、近代化が進み、バオバブの樹も切り倒されてしまう状況が生まれているということでしたが、 そこにはバオバブの樹に対する信仰のような(宗教的にはイスラム教らしいのですがそれを超えるというかもっと身近な存在としての信仰のような)ものがあり、ある意味では、この樹が村の人達の心の支えでもある。

本橋監督は、「そこには暮らしがある」とおっしゃっていたことがとても印象に残ったわけです。

現代の私たちの暮らしにおいては、地域という概念すら消えつつあり、住宅地の住宅は個人の資産である為か周囲とは閉じている関係をつくりだしてしまっているのが現代の日常風景といって良い。資本主義の消費の対象が家族だけでなく、個人に対して「この商品を購入せよ」というメッセージを送り続けているが故に、家の中の家族内の関係性すら危うくなっているのではないか。

では、暮らしがあるとはどういうことなのだろうか。

確かに、その村の暮らしをそのまま私たちの生活として真似る、変えるというのには無理がある気もする。
しかしながら、「そこには暮らしがある」という場合、明らかに私たちの現代はどこか、非人間的な時間を過ごし、過ごしというよりは時間が慌てて過ぎてゆくように生活しているのではないか。暮らしがあるということは、大きな時間枠(人生)でとらえた時に、日々の生活の中に詩のようなものがあり、人生を愛おしく丁寧に暮らしているということが「そこに暮らしがある」というのではないかと漠然と考えたのでした。

そして、建築もまた、そのような大きな時間の流れの中で、人間の中に詩がある生活の中で、共に在りたいと思ったのでした。

2010年4月15日木曜日

ここのところの日常

ここのところ、STUDIO 2Aの図面ヘルプに入っていて、事務所に不在にすることが多い日々です。
ちなみに、STUDIO 2Aの前の住宅作品「house I」も実施設計協力しております。(リンク先のDATAを参照下さい!)
ところで、その「house I」は昨年度の新建築賞を受賞したので、このような講演があります。私も参加予定です。

 第26回新建築賞 受賞者講演会

2010年4月10日土曜日

Pina Bauschについて

当事務所の「Idea」にも書かせてもらいましたが、Pina Bauschという人についてご存知ない方に補足説明が必要かと思いました。
Pina Bauschは、ドイツの振付家で演劇とダンスを融合したかのような「タンツテアター」という形式といいましょうか、そのような舞台作品をつくり続けてきました。

ヴッパタール舞踊団の舞台監督に就任したのが、1973年です。当初は、ヴッパタールでダンスといえば、バレエなど古典的な表現が主流だったらしいのですが、彼女がつくる作品は、そのような形式から逸脱している。したがって、お客さんも入らず、これが舞台か?と批判にさらされていたといわれています。
代表作と言われる「カフェ・ミュラー」は、(ペドロ・アルモドバル監督の「Talk to Her」でその断片を映像でみることができますが )人生に失望した女性があるカフェに入ってくる、カフェで絶望のあまりに打ちひしがれながら動きまわり、男が彼女が通れるようにバラバラに配置されている椅子を動くたびにどかしていく。なんてストーリーを書いては、きっとこの舞台を描いていることにはならないと思います。ストーリーがピナの作品の重要な主題ではないからです。ただ、舞台をみて実感することは、人間の深い哀しみ、出会い破れてゆく様、生きる困難さを表現するが故に逆に、それが生きているということなのだという事実が、ものすごく伝わってくる作品でした。哀しみが反復されると滑稽に映ったり、様々な生にまつわるシーンを突きつけられます。

 私が初めて、ピナの舞台をみたのが99年。「フェンスター・プッツァー」という香港がイギリスから中国へ返還された時期の所謂、都市シリーズの作品と、ピナ自身が踊った「ダンソン」、「タウリスのイフィゲネイア」の三作品を鑑賞しました。「フェンスター・プッツァー」では、舞台と客席の境界が溶けてゆく感覚、花の山が喜びの象徴に変わったり、照明によって砂漠の山と化したりという多義性に驚き、「ダンソン」のピナの踊りは、上半身しか動かしていないのに水の映像と呼応して、水のような生命の源を感じさせられたという衝撃、そして「タウリス〜」は初期の作品だけあって、舞台が重厚な絵画のような世界になるという驚き、といった今でもシーンが思い出されるほど、強烈な体験でした。

その後、ヴッパタール舞踊団が来日する度に追ってきました。ダンサーに質問してそれをダンスの振付として、何度も何度も、その質問の投げかけを繰り返すという独特な方法。その断片を集めて、ピナのイメージする方向にもっていくというやり方は、「問い」それに対する「答えかもしれない動き」、そしてその積み重ねによって、一つにまとめ上げて行く方法にとても興味をいだきました。
例えば、J-Lゴダールの映画のシーンには、問いと答えのやりとりのシーンがどの作品にもみられる。問い。問い続けるというその姿勢が、今の私の建築との付き合い方の基盤になっているといっても過言ではありません。

また、ゴダールもドイツでの講演にて、モンタージュを語った際、「あなた方の国の優れたモンタージュの使い手は、ピナ・バウシュとファズビンダーです」という旨の話をしていたくらい。

まだまだ、これについては語りつくせないところがありますので、また別の機会に。

2010年4月6日火曜日

伊藤環さんの個展

ご近所つながりの、パン・山角さん、家具・木工のchikuniさんたちの縁で、伊藤環さんと知り合わせて頂いて、先日DMが届きました。
私たち夫婦は、環さんのつくるものが好きで、結婚した際にもお皿を購入したり何かとお世話になってきました。完璧な幾何学というよりは、すこし歪さも加わってでも、手触りや料理を盛った時にしっくりくるのです。お人柄が伝わってくるよう。

というわけで、逗子のCoya okuで開催されていた個展に夫婦で訪れました。
根元きこさんがプロデュースされているお店は、かつて店舗だった(豆腐屋さんだったのかな?と推測)お店を改装して、カフェ・ギャラリーとして運営されているようです。時間の経過がそのまま柱にあらわれ、大きな時間の流れをこの空間でつくっているような感じがします。

そして環さんのお皿と、私がコーヒーを飲む用のカップを購入して、お茶を飲んで帰ってきました。外は桜が満開でしたが、肌寒かったのですが、あたたかい気持ちになって帰ってきたのでした。

2010年3月29日月曜日

リーフレット

事務所のHomePageリニューアルは何とかしましたが、ちょっとした挨拶の時に手渡したいと思っているリーフレットを作成中です。
第一弾としては、「富士塚の家」ができるまでをレポート形式で、Art for allというフリーペーパーを参考に作成してみるつもりです。
うまく伝わるようなものができると良いなと思ってます。

2010年3月27日土曜日

HomePageをリニューアル

ずっとトップページしか作っていなかった事務所のHPをリニューアルしました。
モチロン、WEB制作のソフトなんて使わず、テキストエディターを使って、地味にHTMLのタグを打ったりコピペしたりという作業を「富士塚の家」竣工後、作成してきました。

日々のデキゴトを、毎日となるか、毎週となるかわかりませんが、書かせていただきたいと思っています。

お付き合いくださいますよう、宜しくお願い致します。